ある中学三年生の作文~山田忍良さんの「人間は何度でも立ち上がる」より~

コロナの感染拡大がなかなかおさまらないなかですが、今年も早いものでもう9月となりました。
皆様お元気でお過ごしでしょうか。

今年の夏も本当に暑く、マスクや手洗い、ステイホーム…、
例年以上に厳しいものでしたが、必ずのりこえられることを信じます。

今回は、ふとよった真言宗総本山東寺で、
山田忍良さんの書かれた「人間は何度でも立ち上がる」(スローウォーター発行)から、
印象に残った部分を紹介させていただきます。

 

ある中学三年生の作文

『僕は今年の三月、担任の先生から勧められてA君と二人で、ある高校を受験しました。
その高校は私立で、全国から優等生が集まってきている、いわゆる有名校です。
担任の先生から君達なら絶対大丈夫だと思うと強く勧められて、僕ら二人は大変得意でした。
父母も喜んでくれました。

先生をはじめ両親の期待を裏切ってはならないと僕は猛烈に勉強しました。
ところが、その入学試験でA君は期待通りパスしましたが、僕は落ちました。
…何回かの実力テストでは、いつも僕が一番でA君がそれに続いていました。それなのに…。
彼の顔を見たくない。みじめな思い。
…何もかもたたきこわし、ひきちぎってしまいたい怒りに燃えながら、
部屋で蒲団の上に横たわっている時、母が入ってきました。
「Aさんが来てくださいましたよ」僕は言いました。
「帰ってもらってくれ」
母は僕に言いました。
「せっかくわざわざきてくださっているのに、母さんにはそんなむごいこいことは言えませんよ。
…嫌いなら嫌いでそっぽを向いていなさい。そしたらAさんは帰っていくでしょうから」
と言って母は出ていきました。
入試に落ちたこのみじめさ…、見下される。こんな屈辱…。
A君が二階に上がってくる足音が聞こえる。こんなみじめな姿をA君に見せられるか。
戸が開いた。
中学三年間、A君がいつも着ていたくたびれたA君の洋服、涙をいっぱいため、
くしゃくしゃのA君の顔。
「僕、僕だけとおって、ごめんね」やっとそれだけ言って、
階段を駆け下りるように帰っていきました。
僕は恥ずかしさでいっぱいになってしましました。思い上がっていた僕。
いつもA君なんかに負けないぞ、とA君を見下していた僕。
この僕が合格してA君が落ちていたとしたら…
ざまあみろと、ますます思い上がっていたにちがいない。
そういう自分に気がついたとき、こんな僕なんか落ちるのが当然だったという気がしました。
彼と僕とでは人間の出来が違うことに気がつきました。
とおっていたら、どんなひとりよがりの思い上がった人間になっていったことでしょう。
落ちてよかった。僕のために…天の神様や仏様が僕を落としてくれたんだ。
悲しいけど、この悲しみを大切にして出直そう。強い決意がこんこんと湧いてくるのを感じました。
僕は、今まで自分の思うようになることだけが幸福だと考えてきました。
A君のおかげで、自分の思うようにならないことのほうが、人生にとって大切なことだ
ということを知りました。』

自分の思うようにならないことは辛いですし、そのことのほうが人生にとって大切だなんて。
普通そんな風に到底思えないですが、心は持ち方ひとつなのは確かなことなのかもしれません。
どんな時も希望をもって、何としてもピンチをチャンスに変えて、
みんなで乗り越えていきたいと思う今日この頃でした。

参考文献 : 「人間は何度でも立ち上がる」
真言宗総本山 東寺 山田忍良 著
スローウォーター発行

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