今年も早いものでもう7月、京都はめっきり観光客も増えて以前の賑わいが戻りつつある今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。今年も後半戦がまた有意義なときでありますように。今回はふと書店で手を取ったWBCでも日本を世界一に導かれた栗山英樹監督の「栗山ノート」(光文社)から印象に残りましたところを引用、ご紹介させていただきます。
栗山英樹監督
栗山監督は、テスト生としてヤクルトスワローズに入団、まず周りの選手とのレベルの違いに愕然されます。どうにか一軍でプレーできるようになれるやいなやメニエール病を発症、29歳で現役を引退されます。引退後はスポーツキャスターとして活躍されていました。51歳の時に北海道日本ハムファイターズの監督に就任されますが、プロ野球選手としてのキャリアは7年、コーチとしての現場経験なし、指導者として何の実績もない立場でチームを率いられることになられます。
監督として、仲間として、人間として、チーム内でどのように振る舞えばいいのか。日本ハムファイターズを野球チームとしてのレベルを上げていくのと同時に、選手の心を動かし、心の絆で結ばれた集団を作り上げまとめ上げていくこと。栗山監督はこのことに精魂を極めていくことが自分の仕事だと考えられます。そして、自分自身を高めていくために『四書五経』などの古典や経営者の著書を読み、野球ノートを毎日つけていかれます。
以下、本書のまえがきから引用させていただきます。
「栗山ノート」
「2012年に北海道日本ハムファイターズの監督に就任してからは、シーズン前のキャンプから必ずノートを開くようにしています。その日のスケジュールがすべて終わった夜に、自室でペンをとります。日記をつけるような感覚です。
練習でも試合でも、実に様々なことが起こります。私自身が気づくこと、選手やスタッフに気づかされることは本当に多い。つまりは書くべきことは多い。ところが、ノートを開いてもすぐには手が動かず、白いページをずっと見つめたり、部屋の天丼を見上げたりすることがあります。
監督としての自分に、言いようのない物足りなさを感じているのです。チームを勝たせることができていない。勝たせることができたとしても、選手たちに必要以上に苦労をさせてしまっている。反省点は数多くありますから、とにかく書き出していきます。書き出すことで頭が整理されるものの、理想と現実の狭間で揺れる気持ちはなおも落ち着かず、気が付けば窓の外が明るんでくることもあります。
自分の無力さに絶望したのは、一度や二度ではありません。 思い詰めて、もがき苦しんで、考えを構築して、壊して、もう一度再構築して、といった作業を繰り返していくうちに、心のなかで違う自分が立ち上がってきます。最初は遠慮がちな囁きでしかないのですが、次第に勇ましく声をあげるのです。
おい栗山、お前は何を悩んでいるのだ。
悩む前にできることをやり尽くしたのか。
もうこれ以上は努力できない、と胸を張れるのか。
そもそもお前は、野球のエリートではないのだろう?
ファイターズの監督という仕事に就くことができたのも、たくさんの人の心配りや支えがあったからだ。自分の人生を野球に捧げられることに感謝こそすれ、野球に苦しめられているなどと考えるのはおこがましいぞ。
もっと努力しろ、もっと頑張れ。
もっと選手に尽くせ、もっとスタッフに尽くせ。
もっとファンに尽くせ、もっと人に尽くせ――俯きがちの私を、もうひとりの私はそう言って叱咤するのでした。」
この時の苦悩や経験、読書やノートは、きっと今年の栗山監督のWBCでの活躍の支えになっていたことでしょう。また栗山監督が本書で記されていることは、経営や人生についてもそのままあてはまることではないかとも思いました。継続力に疑問がありますが、毎日ノートをつけてみようかと思った今日この頃でした。
参考文献:「栗山ノート」(著者 栗山英樹 光文社)